ライターのための書評No.4 『私家版 日本語文法』

はじめに

 

 

 文章が仕事の人は、「日本語の勉強をしなおしたい」と思うことが一度はあると思う。

 

 しかし、筆者は、学生時代に使用した資料集を見返すと、げんなりしてしまう。

 

 活用形や品詞についての説明が、無機質でつまらない。

 

 結果、文章を学習したいが、読む気が失せる。

 

 言い換えれば、アイロンを使いたいからと言って、説明書を1から読もうとは思えないようなものだ。

 

 書評を始める前に言いたい。

 

 本書は面白い。

 

 面白く、日本語が学べる。

 

 とにかく、読んでほしい。

 

 

『私家版 日本語文法』の概要

 

 本書は、教科書的な日本語文法の説明書ではない。

 

 著者、井上ひさし氏による日本語の研究書に近い。

 

 読めば日本語に対する見識の深さと、真摯な姿勢も感じられる。

 

 研究書というと敬遠してしまうかもしれないが、読者向けに面白く書かれている。

 

 居酒屋で面白いオタクの語りを聞いているような感じだ。

 

 それでいて、ダラダラした印象もなく理路整然としている。

 

 本書は、日本語に関する記事を集めたような構成をとる。

 

 各記事の名前には、「形容詞の味」や「時制と体制」から「コンピュータがねをあげた」というものまで、色々ある。

 

 次に、著者と出版年について見ていきたい。

 

『私家版 日本語文法』の著者と出版年の紹介

 

 著者は井上ひさし(1934~2010)。小説家・劇作家・放送作家である。

 

 文化功労者の同氏。

 

 執筆当時「7種類の新聞朝刊が筆者宅の郵便受けに投げ込まれる」、とのこと。

 

 出版年は1984年だが、最新の技術を追う内容ではないので問題ないと思う。

 

 しかし、表現や例文等が古く感じることはあるので、留意していただきたい。

 

 では、本書の内容を一部見ていきたい。

 

『私家版 日本語文法』の一部内容

 

 以下、本書の内容の中で、特に興味深かった内容を2点あげていきたい。

 

①「ナカマとヨソモノ」より

 

『坊つちゃん』(この小説の場合は、最初のうちはなるべく主語に人称代名詞は使うまい、という配慮)、読者との間をこまかく調整しながら、つまり〔相手に合わせての自分定め〕をしながら、すこしずつ読者を物語のナカマに誘い込み、共同の縄張りができたところではじめて<おれは>と人称代名詞を主語に立てるのである
(中略)
三遊亭円生もまたお客との間合いの微調整がうまかった。
活字で見ても明瞭だが、言い切りが多くなり、語りの速度がぐんぐん上がる

 

 書き手(話し手)が読者との間合いの詰め方を書いた一節。

 

 『坊つちゃん』は「おれ」という人称代名詞をストーリーが進むにつれ、使用することが述べられている。

 

 また、三遊亭円生は語りを「長い文章→短い文章」にし、語りの速度をあげることで、聞き手を惹き込むという。

 

 筆者は読者との間合いを意識して、記事を書いたことはない。

 

 ただ、目の付け所に驚いた。

 

②「形容詞の味」より

 

形容詞にもこの<有情>と<無情>があるようだ
ク活用の形容詞が客観的内容を表しているのに、シク活用のそれは情意の濃い、すなわち感情を表しているのである
ク活用・・・属性形容詞(無情)
シク活用・・・感情形容詞(有情)
(中略)
味についていれば、奇妙なことに無情の形容詞が多い。(中略)ちかごろ、味を、形容詞によってではなく、形容動詞やその語幹によってあらわそうとするコピーライターが多いが、これは味の形容詞のほとんどが無表情であることに関係があるだろうと思われる。

 

 「ク活用」と、「シク活用」は学校で習った覚えもあるが、いまいち記憶にない。

 

 本書は、見ての通り、それぞれの活用形にどのような特徴(無情・有情)があるのか書かれている。

 

 また、食品のキャッチコピーで「まろやか」や「あたたか」など、形容動詞の使用が見られるのは味に関する形容詞が「無情」であると分かれば腹落ちする。

 

 「形容詞の味」を見れば、「ク活用」・「シク活用」・「形容動詞」について学習できる。

 

おわりに

 

 井上ひさし氏と筆者の文章力・構成力の差は言うまでもない。

 

 本書の良さがわずかでも伝われば幸いである。

 

 最後に同氏の名言を1つ紹介したい。

 

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」

 

 本書にもその精神は貫徹されている。